白いソアラ        全国

 とある中古車屋をのぞいた彼は仰天した。
 かなり程度のいい白のソアラが8万円で売られていたのだ。
 もちろん年式はかなりのものだが走行メーター
はあまり距離を積算していない。
 たいした改造もされておらず、サンルーフまで
装備されている。

 ずっと父親の車に乗っていたのだがその車も相当
傷んできたので、安くて程度の良い車を探しているところだった。
 近くにいた店員を呼んで、彼は早速商談を始めた。
「あの、このソアラなんですけど・・・・。」
「え?あ、ああ・・・。はい。」
(店員の態度が妙だ。これは程度が良さそうに見えるが事故車だな。8万円はいくら何でもおかしい、きっと訳ありだとは思っていたが、やっぱりな。)そう考えた彼は
「もう少し値段、下がりません?」
と持ちかけてみた。するとすんなり値段が出た。なんと5万円で良いというのだ。
(売り急いでいる感じがする。それにこの仏頂面は何だ。商談を進めてる顔つきじゃない。こんな無愛想な中古車屋は初めてだ。)
「ちゃんと走るんですか?」
「もちろんですよ。何ならエンジンかけてみます?」
見ればちゃんとナンバーは付いており、今すぐ乗れる状態らしいのだ。
 彼はキーを受け取りエンジンをかけてみた。軽くアクセルを踏むと心地良くふけあがる。
(エンジンには何の問題もなさそうだ。足回りやハンドリングの調子は多少心配だが、この積算距離だとガタがきていたとしても大したことは無いはずだ。それに5万円なら買ってから整備費用がかかったとしても我慢できる値段だ。車をいじるのは元々好きな方だし。)
 彼は、車のシートから下りるときには買うことに決めていた。

 納車日の朝、目覚める直前に彼は妙な夢を見た。若い女がうつろな目つきでこちらを見ながら、首を振るのだ。がくがくと音がしそうなぐらいに激しく前後に。うなずくという感じではない。もっと振幅は大きく激しい。
 目覚めたとき、変な夢を見たなと少し嫌な気分になったが、すぐに今日が納車日だったことに気づき、浮かれた気分で歯を磨いていると、夢のことなどすっかり意識の外に消えていった。

 一日中そわそわしながらバイトをこなし、夕方の約束の時間に店に着くと、既に店頭には納車のための整備を済ませ、ぴかぴかに磨かれ白い光沢を放つソアラが置かれていた。
 事務所で最終の手続きを済ませキーを受け取った。彼は初めて手にする自分の車のキーの感触を楽しんだ。
 車に乗りエンジンをかけ、店を後にした彼は、最後まで笑顔を見せなかった店員の愛想のなさに少し毒づきながら、快調に車を走らせた。
 心配していた足回りもハンドルの取り回しも、全く問題ない。車体のきしみもない。
 淡い色の夕焼け空と街灯を、白いボディーに映りこませたソアラは軽快に走っていた。

 ふと彼は妙な音を耳にした。何かを引きずるような音だ。何の音だろうと耳を澄ませていると、次第にその音はトーンを高く変えていった。そして、彼は気づいてしまった。物音ではなく、それはすすり泣く女の声であることに。
 間違いなくその声は車内から聞こえている。後部座席から。
 彼は店員の仏頂面の意味を理解した。あの店員はこれを知っていたのだ。悔しさと恐怖で彼の胸の鼓動は大きく波打った。
 恐る恐るバックミラーを見上げると、今朝のあの夢の女が後部座席に座っている。そしてがくがくと首を振っていた。
 息を飲むんだ彼は急ブレーキをかけた。タイヤの悲鳴が大きく鳴り響いたのとほぼ同時に、女の首はごろりという感じで前に落ちた。
 思わずハンドルにしがみつき顔を伏せた彼はしばらくじっとしていた。背後の禍々しく濃密な気配を全身で感じながら。
 どれぐらいそうしていただろうか。後続の車のクラクションが聞こえ、彼はゆっくりと後部座席を振り返った。逃げ出せる心の準備をしながら。
  しかし、そこには女の姿はなかった。

 彼はすぐさま道路脇に車を停めて降り、タクシーを拾って中古車店に引き返した。そしてあの店員を捕まえてクレームを付けた。すると店員はさして驚くこともなく契約の解除に同意した。車は店がレッカーを出して引き取りに行くという。
 レッカーを出すって・・・、やはりこの店員は知っている。あの車に乗ってはいけないことを。
 詳細を語ることを渋る店員から訳を聞き出す事に彼は成功した。


***

 若い男性がこのソアラの最初のオーナーだった。
 納車の日、彼は恋人を誘ってドライブに出かけた。彼女も新車におおはしゃぎだった。恥ずかしいからと止める彼の言うことにも耳を貸さず、サンルーフから上体を出し、風を受けて「気持ちいいー!」と喜んでいた。

 彼は彼女に気をとられすぎていた。だから前方の、つい数時間前の追突事故で折れ曲がって道路に飛び出している道路標識に気づくのが遅れてしまった。更に運の悪いことに、標識板は下を向いていて、大きな斧のような状態で彼女の首が激突するのを待っていた
 前方に目を戻し、異常に気づいた彼は急ブレーキをかけたが、間に合うことはなかった。
 悲鳴を上げる間もなく、鈍い音とともに切り落とされた彼女の首は、急停車した車のボンネットの上に転がり落ちて、男性と目を合わせたのだそうだ。
 そして、この時のショックが原因で男性は発狂してしまったのだそうだ。


***

 その白いソアラには買い手が付かず、他店の業者に引き取られていった。
 その後何回か売られたが、その度に、やはり奇怪な出来事が起こり、すぐに転売されると言うことが繰り返されているという。
 一説によると、同じように首が切り落とされてしまう事故も幾たびか起きているとか。

 今もどこかの中古車店の片隅で、格安の値段が付けられた白いソアラが、ひっそりと次のオーナーを待っている。 


とても有名な話ですね。俗に言う首ちょんぱソアラの話を少しふくらませてみました。