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東尋坊2    福井県

 彼は東尋坊の奇岩にカメラのレンズを向けていた。東尋坊の岸壁を巡る遊覧船の上で、写真を趣味とする彼の一眼レフは、神の奇蹟とも思える景観を見事に切り取っていった。
 ふと、彼は船の舳先の方が騒がしいのに気がついた。同乗している多くの観光客が岸壁の方を指さしては何事かを囁きあっているのだ。
 どうしたのだろうと、乗客達が指さす方に目をやりながら、話し声に耳をそばだてた。
「あれ、絶対おかしいよ。」
「いくら何でも端に近寄りすぎよね。」
「ひょっとして飛び込むんじゃないか。」
「自殺?」
「馬鹿言うな。確かに自殺の名所だけど、近頃じゃすっかり観光地化されて、自殺なんて無いって言うぜ。こんなにたくさんの見物客がいる中で飛び込んだりするもんか。」
「だって・・・・。変な雰囲気よ。」

 彼にも飲み込めた。岸壁の端の端、今にも落ちそうな場所に1人の女が佇んでいるのだ。海から吹き上げる強い風に長い髪がなびき、青いワンピースのスカートの裾が翻っている。若い女のようだ。
 彼はカメラを構え望遠レンズの倍率を上げた。
 ファインダーの中に捉えた女の表情は、悲しいものだった。
 遠くを見つめる目にはおそらく涙があふれている。

 飛ぶつもりだ。

 彼がそう思った次の瞬間、女の体は宙に舞った。
 撮るつもりなんて無かったが、無意識に彼の指はシャッターを押し込んでいた。オートドライブモードになっていたカメラは軽い音を立てながら、青いワンピースに身を包んだ女が落下していく様を連写し続けていた。

 思ったより小さな水しぶきを上げて女が波間に消えたとき、息をのんでいた乗客達が我に返り、船は悲鳴と怒号につつまれた。
 船は女が落ちた場所に近づいた。船員達は青い服がそんなに深くないところに沈んでいるのを確認すると海に飛び込み、船に引き揚げた。
 船員は女をすぐに毛布で覆い隠したが、岩場に体をひどく打ち付けているのは彼の目にも見て取れた。病院に運んでもだめだろうと船長らしき男がつぶやくのが聞こえた。

 家に帰り、自宅に作ってある簡易の暗室でフィルムを現像した彼は慄然とした。
 女が落ちていく様がコマ送りで写っているのだが、その中の一枚、女が水面に着く寸前の写真に、女を掴まえようとしているかのような無数の白い手が、海面から女に向かって伸びているのが写っていたのだ。


  上総さんの東尋坊のお話を読んで、20年ほど前お笑いタレントのS.A氏が語っておられたこの話を思い出しました。