笠トンネル

 この話は、以前私と同じ職場に勤めていた、私の先輩が話してくれたものです。その先輩は非常にまじめな方で、つまらない作り話をするような方ではありません。


 京都から日本海へ抜ける古い街道の途中に
 「笠トンネル」という、トンネルがある。

 彼は日本海に面する、とある街への出張を終え、家路についた。仕事の後、少々所用があったので、自家用車を走らせ始めたのは、もう、深夜と言っていい時間になっていた。
 昼から降り始めた雨は、その勢いを増し、ワイパーを忙しく動かしても、視界は非常に悪かった。そのためスピードを出すこともままならず、夜はますます深くなっていった。
 昼間の仕事の疲れとワイパーの単調な動きが、彼の神経の疲れを増幅させ、眠気が襲ってきた。
 先述の「笠トンネル」にさしかかった頃には、その眠気はもうどうしようもない程になっており、トンネルを抜けたところで、彼は車を道の端に寄せ、仮眠をとることにした。
 エンジンを止め椅子を倒すと、彼はすぐに眠りに落ちた。

 どのくらい眠っただろうか。ふと、彼は目を覚ました。そして、車の助手席の方に何者かの気配を感じ、目をそちらに向けると・・・・
 助手席の窓の向こうには、野球帽をかぶった、小学3・4年生くらいの男の子がいた。その子は涙を滝のように流しながら、車内を覗き込んでいたのだ。
「出た!」
そう思った彼は、飛び起きて、エンジンがかかるのももどかしく、車を急発進させた。
 しかし、根が真面目で優しい彼は
「もし、今のが本当に道に迷っている子どもだったら・・・」
そう考え、車をUターンさせ、再びトンネルまで戻った。
 彼は車を降り、雨の降る中、ひとしきりあたりを探したが、誰も発見することは出来なかった。

 それから数日たったある日、笠トンネルの近くの沢から、子どもの白骨死体が発見されたという小さな記事が、新聞の片隅にあるのを発見し、彼は
「あの子は、やっぱり救いを求めていたんだなぁ・・・。かわいそうに・・・」
と思い、独り掌を合わせるのだった。

  


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