京見峠

 京都には京見峠という古い峠があり、そこから京都市内の夜景が見え、カップル達のひそかなドライブコースの名所のひとつになっている。
 ただ道幅は狭く、深いカーブが連続する道で、快適なドライブをする、と言った雰囲気の道ではないため、そこを訪れる車はそれほど多くはない。
 しかし私たち夫婦にはお気に入りの場所で、子供が生まれる前は、北山で食事をした後、京見峠へ足をのばすことが多かった。
 その日も、夜景を見ようと車を走らせ、夜景がよく見えるポイントに車を停め、エンジンを切り、少し遠い夜景に目をやった。
 山の中なので街の喧噪からほど遠く、あたりはしーんと静まりかえっている。京見峠から見る京都の夜景は、神戸ほどの派手さはないが、黒々とした御所の杜を中心にそれほど密ではないイルミネーションがちらちらと瞬き、まるで湖に映る星空のようで、私は好きだ。
 偶然にも、国際会議場で何かイベントがあったらしく、宝ヶ池のあたりから打ち上げ花火が上がり始めた。
 打ち上げ花火を、上から見下ろすという珍しい体験に、はしゃいでいた私たちだったが、ふと気がつくと、さっきまでいろいろしゃべっていた妻が黙りこくってしまっていた。
 「どうしたんや?急に黙って。しんどいんか?」
そうたずねても家内はかぶりを振るばかり。車内は暗く、顔色までは分からないが、なにやらただごとでは無い気配は伝わってきた。
 「帰ろう。」
そう告げて、私は車を発進させた。
くねくねとうねる山道を下り、人家の明かりが道の両側に見える頃になって、ようやく家内の緊張はほどけたようだった。
「どうしたんや?さっきは。」
「あなたは・・・何も見ぃへんかったん?」
「何もって・・・何?」
「おばあさん」
「おばあさん?なんやそれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 車の外、あなたの目の前を、白い割烹着を着て、姉さんかぶりしたおばあさんが、歩いていったんよ。
 車を追い越して、しばらく行ったあたりでふっと見えなくなって・・・・。あなたは全然気がつかないようで、花火ばかり見てたから・・・きっと、見えてないんやと思って・・・それで・・・それで、私」
「もうええ。わかった。」
 私は、何かがついてきているような恐怖感に襲われた。車のバックミラーにちらっと目をやり、背後に何もないのを確認して、逃げるようにアクセルを踏み込んだ。
 私は、汗ばんだ手でハンドルを握りしめながら、ただ、ひたすらに家路を急いでいた。


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