忘れていた恐怖

 記憶の奥底に埋もれていた恐怖・・・。
 思い出すことが今まで無かったのは、単に忘れていただけなのか・・・。
 それとも、意図的に記憶の淵に沈めていたのか・・・。

 先日、夜道を一人で歩いていた。
 「カン」と音が鳴りそうな位に張りつめた冬の空は、星がガラスのような光を放ち、アスファルトは氷を思わせるほどに白く冷たく凍てついている。
 足音が背後から聞こえている。少し珍しくなりつつある堅い革靴の音がコツコツと、静まりかえった街路に妙にはっきりと響いている。
 私の後ろに同方向に帰る人物がいるだけのことで、別に気にとめるほどの音ではないのだが、なぜだか耳朶にからみつくように聞こえてくる。
 何とも言えない不快感にとらわれた私は歩を速めた。

 その時、私は思い出してしまった。

 かなり古い記憶だ。
 夕刻の道を私は家へと急いでる。母と約束した帰宅時間はとっくに過ぎており焦ってはいるのだが、相当に遠くまで来ていたらしく走ることはせずただ懸命に歩き続けている。
 ふと気が付くと、私と同じ歩調の足音が後ろからついてくる。不審に思い振り返ってみたものの誰もいない。
 気のせいかと思い、また前を見て歩き出したが、同じように足音は聞こえている。
 再び振り返ってみると確かに私の後方から足音が聞こえている。そんなに遠くない距離であることは音の大きさからしてもはっきりしている。しかしそこには誰もいないのだ。
 私は耳を押さえながら走り始めた。音は手に遮られ、聞こえなくなったが、何かがずっとついて来てると全身が感じている。
 今にも追いつかれるんじゃないか、後ろから肩をつかまれるんじゃないか、そんな想像で胸をつぶし、泣き出しそうになりながら、私は必死で走り続けた────。

 いくつぐらいの時のことだったか・・・。それさえも定かではない。
 その後どうなったのかも、全く記憶にない。
 夢だったのかも知れないと思えるほど断片的な、そこだけ切り取られたような記憶だ。
 ただ、とてつもない恐怖感だけが、今、鮮明に蘇っている・・・・・


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