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作業着の男

 この話は私の体験談ではなく、昔組んでいたロックバンドのボーカルの男が体験した話です。彼はつまらぬ嘘を言うようなヤツでないと言うことが、この話の信憑性を支える唯一の根拠。それに、単なる夢だと言うことも出来る話です。でも、彼を知ってる人はみんな信じてる話です。


 彼は和室のアパートに独り暮らしをしていた。学生の他聞に漏れず布団は敷きっぱなしか、良くて部屋の隅にたたんで積み上げてあるだけだったが、適度に散らかり適度に整理されている、居心地の良い部屋で、よく仲間の集まる場所だった。
  私が訪れたときには変な感じは全然無かったのだが・・・

 その日、バイトを終えてくたくたになって帰宅した彼は、布団を広げるのも面倒で、積み上げた布団にもたれかかって、折った両膝を立てたままうとうとと眠り込んでしまった。
 どれぐらい眠ったのか、ふと目が覚めた。部屋の蛍光灯は煌々と灯り、疲れた目にはさすほどにまぶしかった。
 その時、不意に異様な気配を感じ、足元の部屋の隅に目をやった。
 そこには独り暮らし用の小さな冷蔵庫が置いてあった。その冷蔵庫の天板の上から、グレーの作業着を着た中年の男の上半身が、ニューッと言う感じでつき出ているのが見えた。彼の方を向いてではなく、横向きの姿だ。その男は「気を付け」をしたような姿勢のまま、45度の角度で前に傾いていた。
 まだ完全に目覚めておらず、あまりに唐突なできごとなため、ぼーっと眺めていたが、すぐに事の異様さに気づき、全身が総毛立つのを憶えた。
 「出た!」
恐怖のあまり固く目をつぶり、寝ころんだままの姿勢で(身動きをとるひまもなかったと言うのが正解だろう。)彼は心の中で必死に経を唱えはじめた。宗教者をめざし、仏教系の大学に通っていた彼は、いくつかの経文を知っていた。その知っている限りの経文をありったけの念をこめて唱えていた。

 何分経ったか分からない、目をつぶって経を唱え続けていると、立てたままの左膝に妙な圧迫感があるの感じた。
 おそるおそる目を開け、自分の膝を見た彼の目に飛び込んできたのは、考えられないほどの大きさで口を開け、彼の膝にかぶりついてる作業着の男の姿だった。まるで蛇が、大きな卵を飲み込むときのような感じで、膝頭を丸ごと全部、すっぽりと口の中に入れていた。そしてその姿勢のまま彼の方をにらみつけている。
  声にならない声をあげ、彼は再び、目をぎゅっとつぶり、振り払おうとでも思ったのか、咄嗟にその男の頭をつかんでしまった。頭は伸びたパンチパーマで、今、水からあがったかのようにその髪はぐっしょりと濡れていた。手には濡れて縮れた髪の感触がはっきりと伝わってくる。
 そこで彼は失神してしまった・・・・

 気がついたときには、部屋にはこれと言った異変はなかった。ただ、点けたままだったはずの部屋の明かりは消えていた。
 その後、彼の周囲で異変が起きたと言うこともない。
 あれは、一体何だったのだろう。
 半覚醒の状態の頭が見せた幻と言うのが合理的な解釈なのだろうが、今も手に残るあの感触は、幻と言うにはあまりにもリアルすぎるのだ。


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