鹿ヶ壺キャンプ場

 私の父はアウトドア派で、私も幼い頃から、沢下りやキャンプなどによく連れて行ってもらいました。私たち家族がよく利用していたキャンプ場は、兵庫県の鹿ヶ壺キャンプ場で、大小様々のいくつもの滝が連なる渓流がある美しいキャンプ場でした。
 近年は、遊んでいる子どもを押しのけ、重装備で滝を滑る馬鹿者どもが、滝の岩肌にハーケンを打ち込み、せっかくの景観をぶちこわしにしています。
 ほんまにあいつら、いっぺんぶちのめしたい!
 話が横道にそれてしまいました。(^_^;) 一昨年、久々に訪れた家族の思い出が詰まった鹿ヶ壺の惨状に、本当に腹立たしい思いをしたのでつい…。話を元に戻します。この話は、そこで父が体験した話です。


 ある夏、いつものように私たち家族は鹿が壺を訪れていた。山の斜面の森の中なので、日は暮れるのは早く、子どもだった私は早くに眠りについた。
 父は、ビールを飲んでもなかなか寝付けず、テントを出て散歩をすることにした。
 うっそうとした夜の森は、他のテントのキャンパー達ももう眠りについたらしく静まりかえり、虫の音、渓流の水音、ざわざわと梢が風に騒ぐ音が聞こえてくるばかりだった。自然の息吹の感触を楽しみながら父は散策を続けた。外灯が所々にしつらえてあり、小さな懐中電灯でも難なく歩ける。
 鹿ヶ壺には、今は駐車場となってしまっているが、当時は沢から水を引いたプールがあった。しばらく歩いているとそのプールから、子どもたちのはしゃぐ声と、ばしゃばしゃと水を打つ音が聞こえてきた。父のいる場所からは見えないが、5〜6人の小学生ぐらいの子どもたちが実に楽しそうに嬌声を上げているのだ。
「遅くに遊んでいるなぁ」
と、腕時計に目をやると、針は12時をこえようとしていた。その時間の遅さもさることながら、父はあることに気づいて慄然とした。
 そのプールの水は沢の水を利用しているため、身を切るほどに冷たい。真夏の昼間でも10分も入っていれば唇が青ざめてきて、長く入れるものではないのだ。そのプールに深夜子どもが入っている…!
 異様なものを感じた父は、そこから引き返しテントに戻った。
 ますます寝付けないだろうなと思いながら、毛布を掛けとにかく眠ることにした。しかしやはり眠気はなかなか訪れず、何度も寝返りを繰り返していた。そして耳を地面につけた時…また異様なものに気づいてしまった。
「ヒタヒタヒタヒタ…」
足音が近づいてくるのだ。その音からすると裸足であるらしい。
 思わず顔を上げ半身を起こす。足音はぴたりと止まる。また地面に頭を戻すと
「ヒタヒタヒタヒタ…」
と小走りの足音が近づいてくる。
 そしてその足音は、私たちのテントのところまでやってくると、今度はぐるぐるとテントの周りを回り始めたのだ。顔を上げるとぴたりと止まるのは変わりがない。
 テント内の灯りは消してあるので、テントに人が近づくと、外灯に照らされて人影が映し出されるはずである。しかしそんな影は全くない。ただ足音が
「ヒタヒタヒタヒタ…」
と聞こえるばかりなのだ。テントをあけて外を見る勇気はない。テントのジッパーを開けると結界が破れ、その異様なものが中に入ってくるかもしれない、そんな想像すら心をかすめる。
 寺の出である父は、ふるえる心を静めながら心の中で経を唱え始めた。そして、小一時間も経ったろうか。ふと気がつくと足音も異様な気配も消えていた。耳を地面につけ耳を澄ましてみても何も聞こえない。
 ほっとするとどっと眠気が襲ってきて、そのまま父は気を失うように眠りについた。


この話を私たちに父がするときは、必ず、
「あの足音は滝壺に水滴が落ちる音やったんや」
と最後に落ちをつけるのですが、そんな落ちを、誰よりも父自身が信じていません。


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