袖引き小僧 袖引き小僧という妖怪をご存じでしょうか。歩いていると後ろから呼び止めるようにちょんちょんと袖を引くだけの地味な妖怪ですから、あまり知られていないかも知れませんが、体験談はたまに聞きます。有名なのは京都の太秦映画村で、ある常設セットとセットの隙間を通ると時々引かれるんだそうです。ただそこの「袖引き」は小僧ではなく、白地に赤い花柄の浴衣を着た小さな女の子だそうで、引くのも袖でだけではなく、直接手を引くこともあるそうです。 大学受験に失敗した私は、京都の大山崎にある予備校の寮に住んでいた。大山崎から阪急電車で烏丸四条に出て、そこからバスで予備校のある鞍馬口まで通っていた。当時はまだ京都には地下鉄はなかった。 その日、私は河川敷を歩いていた。 突然、薄い鞄を小脇に抱えていた左手が、「くいっ」と後ろに引かれた。 後ろをふりかえってみたが無論誰もいない。 くいっ また引かれる。あれ?そんなに風きついか?私は鞄を右手に抱え直して再び歩き出した。 くいっ 鞄がない左手が引かれた。もうこれは風のせいなどではない。左手の肘のあたりの袖を何者かがつまんで引いたのがはっきり分かった。姿が見えたわけではないが。 そして4度目。 私は唐突に歩くのをやめてしまった。と言うより歩けなくなってしまったのだ。私の背後に息がかからんばかりに近づいた何者かの気配にすくんでしまったのだ。その気配はぴったり私に張り付いている。 「どうしよう!一体なんなんや、これは?!」 頭は混乱し脂汗がにじみ始めたその時、遙か彼方からジョギングをしている男性がやってくるのが見えた。 だんだんその男性の姿は大きくなり足音も聞こえ始めた。そしてその軽やかな足音がたったったっと私の横を通り抜けた時、背後の気配は消え私の体の硬直も解けた。 **************************************** 浪人生活という不安定な精神状態の中で体験したのですから、やはりこれも現実逃避をしたいという私の願望が作り出した幻覚なのかもしれません。でも私はその時「袖引き小僧」の話や、太秦の怪談は知りませんでしたし、私の身に起きた出来事がいったい何なのか、全く理解できなかったのです。何年かして「袖引き小僧」や太秦の話を知り、私と似た体験をした人は他にもいるんだなと少し安心したのです。 体験談大募集!!あなたの体験談を 投稿して下さい |