携帯電話

 金曜日の夜から下腹部の痛みは始まった。でも土日と病院は休みだし、寝てりゃぁ治るだろうと高をくくっていたのだが、痛みはどんどん激しくなり、土曜の夜には、少し動けば激痛が走ると言った状態になってしまった。日曜になってもいっこうに痛みは治まらず、酷くなるばかりで
「救急車?」
という言葉も頭をよぎったのだが、一年ほど前から下腹部には違和感があり、少し日が経てばその違和感も消えていたので、
「そのうち治るだろう」
とまだ思って寝ていた。
 しかし、月曜の朝になっても痛みは治まるどころか、起きて動くのも難しいといった状態になり、家内に近くの駅前まで行ってタクシーをつかまえてきてもらい、病院へ行くことにした。(家内は免許を持たないし、私は、車を自分で運転するなんてことは到底不可能な状態になってしまっていた。)
 病院について診察台に横になった時には腹はパンパンに張り、異様な状態だった。CTスキャンを撮るとすでに虫垂は破けて腹膜炎を起こしており、腸は腹部にまわった膿が原因で、麻痺性の腸閉塞になっていた。血液が示す様々な数値は、すでに私が危険な領域に達していることを示していた。おまけに、これは切ってみて分かったことなのだが、虫垂内部には、良性ではあったが腫瘍まで出来ていたそうだ。(これらのことはすべて後に主治医の先生から聞いた話だ。助かって良かったなんて言われてぞっとした。)
 即刻、緊急手術。腹腔内は膿であふれ、一昔前なら手の施しようもない有様だったそうだ。3時間を超える手術は無事終わり、その後も、しばらくは油断の出来ない状態が続いたが、夜半には少し容態は安定し、2日後にようやく峠を越えることが出来た。
 その後、3週間にわたる入院を余儀なくされたが、優しい看護士さんたちや主治医の先生たちのケアで、安心して過ごすことができ、なんとか退院までこぎ着くことが出来た。その間は、よく世間で言うような、病院の怪談に類するような体験は一切なく、快適な入院生活だった。

 だが、不思議なことは家内に起きていた。

 家内の携帯電話は、私が痛みを訴え始めた土曜の夜から、着信音が異様に小さくなってしまい、どういじってみても元に戻らなかった。家内は携帯を目覚まし時計代わりにも使っているのだが、そのアラームも、今にも消えてしまいそうなか細い音になってしまったのだそうだ。おかしいなとは思ったそうだが、私の容態がみるみる悪化していき、それどころではなく放っておいたらしい。
 ところが、その携帯、私の手術が終わり、容態が少し安定しはじめた月曜の深夜になって突然復活したのだそうだ。
 家内の携帯は、以前私が使っていたプリペイド式のもので、誤って洗濯してしまい、あきらめて新しい携帯を買い、契約も新規にし直して、その携帯は捨ててしまおうと放っておいたら、数日して復活したというものだ。
 だから調子が悪くなるのも当たり前なのかもしれないが、家内が使い始めてもう2年が経ち、その間、調子が悪くなったことは全くない。
 なのに、まるで私の「命の勢い」に呼応するかのように、小さく、か細くなってしまった着信音…。

 やはりこれも、偶然の一致なのだろうか?


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