迷走

この話は、以前一緒に勤めていた職場の上司が話してくれたものです。
 その人は、現実的なものの考え方をする方で、ご本人は同じ夜に起きた二つの出来事を結びつけては考えていらっしゃらない様子でした。でも、それを聞いた私は、何か因果関係があるような気がしてならなかった話です。


  早く終わるはずだった出張が予想外に長引き、帰途についたのは、日もとっぷりと暮れてあたりは真っ暗になった頃だった。雨が激しく降り、しかも街灯の少ない田舎道であったため、視界は非常に悪かった。
 その道は何度も走ったことのある道で、迷ったりすることなど考えもしなかった道である。しかし・・・
「おかしいなぁ。ここはさっきも通ったような・・・・・・・・・。
あれ?あの信号。確かにさっき止まった信号やぞ。迷ったんか?そんなアホな!こんな道で、迷うはずが・・・。あそこの交差点を、左や。」
ハンドルを左に切り、その後も何度か交差点の右左折を繰り返す。迷うはずのないよく知った道だ。このコースに間違いはない。
 しかし・・・・
「あれ?まただ。ここは確かにさっき通った所だ。雨のせいか?・・・・昔だったら、きっとこれを狐に化かされたと言うんだろうなぁ・・・。」
 今度はスピードを落とし、慎重に道を確かめながら、車を走らせた。
 しかし、また同じ所。そんなことが3度か4度続き、流石に焦りも出てきた。
「おかしい。こんなはずは・・・。こんな所で迷うなんて・・・。きっと疲れてるんやな。早よ帰って寝よ。」
そんなことを考えながら、車を走らせ続けた。
 しばらく走り続けると、さっきは通らなかった川の堤防の道に出た。堤防を広く作り、その上を車が通れるようにした道だ。ガードレールはなく、道幅は狭い。
 ようやく迷路から抜け出たらしい。ほっとして、スピードを上げようと前方に目をこらした時、妙なものが目に入った。
「なんや?あれは?・・・手や!人の手や!」
堤防の川側の斜面から、白い手がにゅーっと突き出ている。しかも血にまみれている。普通なら、「出た!」と思うところだが、そこは現実主義の彼は、誰かが落ちたらしいと判断し、車を停め、車外に出た。
 雨でスリップした車が、細い堤防の道から落ち、その車から脱出した人が土手をはい上がり、必死に助けを求めていたのだ。
 けがはそんなにひどくないようで、何とか自分の車で運べそうだと判断した彼は、その人を車の後部シートに乗せ、病院に向かった。

******

 この話、皆さんはどう思われるだろうか。その道は、夜半は車どおりの殆どない道で、彼が通りかからなかったら、いつ助けて貰えるか分からないような所だ。
 しかし、彼が、もし道に迷わず、スムーズに帰れていたら、そのけが人が這い上がってくるより先にそこを通り過ぎており、そのけが人には気づかなかったはずだ。彼に助けて貰うには、どうしても、彼が道に迷う必要があるのだ。
 堤防から落ちるという大事故、そんなとんでもない状況に陥った人間は、何かしら知られていない力を発揮出来ることがあって、こういった奇跡に近い偶然を引き起こしたのだ、というのは、あまりにうがった見方なのだろうか・・・・?


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