タクシー
ちょっと間違えてたら大変なことに巻き込まれていたかもしれない…。
と言うより、難を逃れる可能性の方が少ないはずなのに、助かったという経験…

 私はその日、職場の近くの酒場で同僚たちと飲んでいた。以前から企画されていた飲み会で車は自宅に置いて出勤していたので、終電までには切り上げる予定だったのだが、ついつい杯は進み、気が付いた時には時計の針は1時を指していた。
 同僚たちと別れ店を後にした私は、タクシーを拾うために国道に出た。
 私の職場のある地域は、京都市のベッドタウンとしてずいぶん開けてきた地方都市だが、深夜になると国道を走る車はまばらになる。それでもこの地域の住人を送った
タクシーが京都市へ帰るためにちらほら走ってるはずなのだが、
今日に限っては全くない。 仕方なく私はとぼとぼと自宅を目指
して歩き始めた。
 自宅までは20kmほどもあり、また、峠道を越える必要も
あるので、まさか自宅まで歩き通すつもりはなかったが、そ
のうち通るだろうと考えたのだ。
 どんどん気温は下がっている。身を縮め、手に息を吹き
かけながら歩いていると、ちらちら小雪が舞い始めた。
 今になって私は遅くなったことを後悔し始めたがどうしようもない。家を出る時見た予報は雪を示していたため傘を持っていたのだが、まだ差すほどでもなく小脇に傘を抱えたまま私は急ぎ足になった。
 後ろを気にしながらしばらく歩いていると、社名灯を点けたタクシーがやってくるのが分かった。関西地区ではタクシーは空車時のみ社名灯を灯すので、私は喜び勇んで手を挙げて車が停まるのを待った。
 しかし、そのタクシーは通り過ぎてしまった。街灯に照らされて一瞬見えた乗務員は、私の方を一瞥することもなく全く無視していた。
 慌てた私は、傘をふりながら走って追いかけたが、スピードを緩めることもなく走り去っていった。
 遠ざかっていく尾灯を眺めながら一言二言毒づいたが、溜飲が下がるわけもなく、むかっ腹をたてながらまた私は歩き出した。

 それから程なくして、2台目のタクシーがやってきた。手を挙げて待っていると今度は当たり前のように、ウインカーが灯り私の前に停車してくれた。
 ほっとして後部座席に乗り込み、行き先を告げ、車内の暖房で冷え切った身を暖めていると、乗務員がしゃべり始めた。
「いやー、うれしいですなー。会社に帰るだけの道でお客さんを乗せることができるのは。
 こんな寒い日のこんな時間に手を挙げてくれる方を見つけると、ホンマ、嬉しいですわー」
「そうなんですか?実は、さっき乗車拒否されてねぇ…。」
私は、先程の出来事をその乗務員に話した。
 彼はさかんに訝しがっていた。タクシードライバーにとってこういうケースで客を拾えるのは嬉しいはずで、普通は乗車拒否などしないのだそうだ。
「でも、おかげで私がお客さんに出会えたんやから、そいつには感謝しないとあきませんね。」
そう言って彼は笑った。
 しばらく走ると、峠道にさしかかった。国道ではあるが、カーブは急で見通しはあまり良くない道だ。いくつかのカーブをこえたところで、運転手は声をあげた。
「あれ?事故やなぁ…。なんや、タクシーやがな。」
前方に目をやると、車が岩肌に当たって止まっている。運転手は車外に出て携帯をかけているので、乗務員には異常ないらしい。
 近づいてみると、その車は先ほど私を乗車拒否したタクシーだった。
「あ、あれ、さっき俺を無視したタクシーや。」
「え?ホンマでっか?
 お客さんついてましたなぁ。あれに乗ってたらしばらく帰れませんよ。迎えの代車が到着するまで待たないと。
 それに大怪我してたかも知れませんなぁ。無線が使えないようやったから、相当な勢いでぶつかってますよ。
 まあ、お客さんが必死で手を振ってることにも気付かんと走ってるようなやつは、いずれ事故を起こしますわな。」

 私は本当に幸運だった。
 でも、なぜあの運転手は私に気付かなかったのだろう…。
 確かに、私に気付かないような運転手は注意力散漫になっていて、それで事故になってしまったと言う説明は納得できる話なのだが…。
 道ばたで手を挙げている客に、プロのドライバーが気付かないなんてことがあるのだろうか…。


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