公衆トイレの怪

 子どもの頃はトイレは恐怖に満ちた場所であった。特に私の子どもの頃のトイレは水洗ではなく汲み取り式だったので、便器の中の暗がりは夜になると本当に何か出てきそうで、一人ではなかなかいけなかった。特にその頃は便器の中が見えないように、照明も薄暗いものが多かったからなおさらだった。
 独りぼっちになる、薄暗くて狭く閉塞感のある空間。そう言った舞台装置があるのでトイレにまつわる怪談は腐るほどある。だから今更って感じなのだが先日変なことに遭遇してしまったので報告する。(怖い話どころか少々尾籠な話になるが我慢してもらいたい。)

 私は近所のスケートリンクのあるスポーツセンターに子どもと行った。そして、帰り際、スケートで冷えたのか便意をもよおし、トイレに入った。
 そのスポーツセンターは数年前に建った豪奢なものでトイレも明るく清潔であったが、誰もいないせいか妙に寒々しい感じがした。
 コンパートメントは3つ並んでいて、どれも空だったので入り口から一番近い右端に入った。しばらくすると、隣から「からから」とペーパーホルダーの回る音が聞こえてきた。いつの間にか誰かが入って来たようなのだが隣のドアが閉まる音を聞いた覚えがない。そして「かちゃかちゃ」というベルトの音と水を流す音が聞こえてきた。耳を澄ませていたわけではないのだが静かな人気のないトイレだったのでそれらの音が自然に耳に入ってきた。

 しかしそれきりなのである。ドアを開けて出て行く気配もなければ足音も聞こえない。私も用がすんだのでドアを開けて外に出た。そして隣の個室を見ると…ご想像通り、誰もいなかった。他の個室は全部ドアが開いていたのだ。念のために言えば、女子トイレは廊下を挟んだ向かい側なのでそちらの音が聞こえてくることはない。

 ひょっとして幽霊の類の仕業なのかもと思ったが、そうであったとしたら、成仏できずにこの世にさまよいながら、なおかつ排泄行為からも縁が切れないような死に方はしたくないものだと、手を洗いながら念仏を唱えつつ考えていた。
(合掌)


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