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視線

この話も誰もがよく体験することで単なる「気のせい」なのですが…。
 一歩誤れば「気のせい」で命を落とすこともあるかもしれません…。


 私は、学生時分に250ccの排気量のバイクに乗っていた。(不可解>生死を超えて>「因縁」参照)私のバイクは、アメリカンスタイルのバイクで、峠道のコーナーを攻めたりするようなバイクではなく、直線路をのんびり走るのに適したバイクだったが、夏の蒸し暑い眠れぬ夜などは、深夜であっても一人バイクで峠道や谷川沿いのワインディングロードを駆ることがよくあった。
 私の一番のお気に入りのコースは、宇治川沿いに宇治市から滋賀県の大津市へと抜ける「宇治川ライン」という道だった。深い山の中の谷に沿って作られた道であるため、様々なカーブが連続し、バイク乗りには人気の道だった。昼間は車が多いので、私は深夜に訪れることが多かった。
 コースの途中に対岸に渡るための橋が架かっていて、橋の入り口は閉鎖されているのだが、そこでいつも一息入れていた。ヘルメットをとり、エンジンを止めると、人工の爆音で充ち満ちていた世界に一瞬の静寂が訪れる。そして次の瞬間、一斉に優しい自然の音が私を包み込むのだ。虫の音、川のせせらぎ、風にすれる木々の葉、枝の間を抜ける風の音…。それらの優しい音色につつまれ、星明かりや月の光をきらきらと反射させながら谷底をゆったり流れる川を眺めてたばこをくゆらすのが、何よりも好きだった。
 深夜は人気がなく、また他愛もない怪談の類の都市伝説もある場所ではあったが、怖いと思ったことは一度もなかった。

 しかし、その日は違った。
 今思えば、その道は、死亡事故も幾たびか起きている道で、怖さをそれまで感じていなかった私の方が、どうかしていたのかもしれない。

 いつものようにたばこに火をつけ川面を眺めていると、ふと、妙な気配に包まれているのに、私は気づいた。気配と言うより視線である。無数の視線が私を取り囲んでいる気がするのだ。
 刺すような視線、ねっとりとからみつくような視線、何ともいえない悲しみをたたえた視線、あつい情念のようなものがこもった視線…。数え切れない視線が一斉に私を見ている…!そんな気がするのだ。
 怖くなった私は、あわててエンジンをスタートさせ走り始めた。恐怖心からスピードはいつもよりかなり速い。次から次へと現れるカーブはバイクを深く倒しながら走り抜けていく。私は焦りながら
「ここは何度も何度も訪れた場所じゃないか。こんな妙な感覚を感じたことは一度もなかった。気のせいに違いない。」
と自分に言い聞かせようとするのだが、振り払っても振り払っても、まるで追いすがるように視線がからみついてくる。
 バックミラーを見ても何も写らず、ただの黒い板にしかすぎない。しかし、その黒い闇の向こうに無数の視線がうごめいている、そんな思いにとらわれ、私は、何度も何度もバックミラーへ目をやっていた。
 そのせいで気づくのが遅れたのだろうか、突然、ヘッドライトをハイビームにした車が私の目の前に現れたのだ。その眩しさに幻惑され、一瞬視界を失い、顔をしかめてすれ違った次の瞬間 ─────

 私の目の前には、荒々しくけずられた岩肌が迫っていた

 そこをどうやって切り抜けたのかはよくわからない。急ブレーキをかけ後輪がスライドをしたのは覚えている。しかし私は、岩壁に激突することなく、また、転倒することもなくコーナーを走り抜けていた。逆ハンドルを切ってドリフトしながらコーナリングするなんて高度なテクニックを私が身につけているはずがない。しかし、奇跡のように私のバイクはその危機をすり抜けていたのだ。

 突然なぜあのような妙な感覚に襲われたのか…。
 どうやって私があの危機を脱出できたのか…。
 今以て謎のままだ。


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